小野寺ずるさん×黒井ひとみさん(えんぶ 8月号)感想

小野寺ずるさん×黒井ひとみさん の対談。

 

ひとみさんの宣伝ツイートを観て急いでチャリかっ飛ばして最寄りの本屋で手に入れた。

立ち読みして、「私ほんとにこの人に救われているんだなぁ」とぼろぼろ泣いてページをふやふやにしてしまった。勿論それを購入しました。

 

インタビューの内容は早よ購入しろって話なので、取り敢えず私の自慰文章だけ。

 

ひとみさんは以前から「明日死ぬかもしれないんだからやりたいことしかやりたくない」って言っているよね。私はポラにこの一言を書いてもらったことがあるんだけど、その当時は正直言葉の意味をきちんと捉えることができなかった。

でもその言葉にはちゃんとひとみさんの思いが詰まっていて。生き急いでいるように舞台に立つ ひとみさんを観て胸が締め付けられる時もある。でも、それはひとみさんの世界観に既に取り込まれているからなんだと思う。

美人じゃないって自己評価の低いひとみさんだから女性の弱さをきちんとわかっている。だから女子人気もあると思う。勿論、みんな顔と体が好きなんだろうけど。

でもね、ひとみさんはどちゃくそに美人だよ。だから批判するおっさんは普通に無理。

 

黒井ひとみさんっていう1人の女性が舞台の上で淋しさやエロを表現するならそれに少しは寄り添えたらなって思う。ひとみさんが皆んなを淋しくさせないようにしているなら、私もひとみさんが淋しくならないようにしたい。そんなファン(ガチ恋)でいたい。

 

私は以前、彼女に「ひとみさんが踊り子さん辞めちゃったら私どうしていいかわからないです」って言ったことがある。

ポラ時の会話の中でふと言ってしまった言葉なのでひとみさんは忘れているだろうけど、寧ろ忘れててほしいけど。

その時にひとみさんは「(ストリップは)そういう世界だから、その時は仕方ないよ」と返した。

 

舞台は無限に続くものではない。

ストリップは女性の命が燃えるものなのだ。

命とエロは直結するし、私はそれに惹かれている。

 

いつか来るその時に怯えながら、私はこれからも黒井ひとみさんを見続けていくよ。

 

昨日、ひとみさんがストリップデビューした年齢をむかえました。

明日会社員という肩書きがなくなります。

なんにも先は見えないし美人になりたくてもなれないし、私は何にも待っていないけれど

明日死ぬかもしれないからやりたいことをやろう。

今日、このインタビューを読んでよかった。

またひとみさんに救われちゃった。

 

 

バカ金がない

バカ金がない。

 

またクレジットカード止められて電話した。

ウケる。

全然ウケない。

 

この間も会社の歓迎会で二千円と韓国紙幣しか入ってない財布を見た男の人が「俺が払うよ」と言って払ってくれた。

ヤバイ。しかもお金を返してないのでこれはもう身体で払うしかないのか。

嫌だよ〜。全然そんなん嫌だよ〜。

 

とりあえず明日の午後にはカードの審査結果出るのでおとなしく待つ。

 

友達と明日、京都日帰り旅行する計画立ててたので行きの乗車券のお金を借ります。。。

その日のうちに返すけど。。。

見捨てないでくれてありがとう。

 

人に迷惑をかけまくって生きているよ。

もっとお金稼げる仕事をしよう。

 

今日は腹を満たすために水筒に水道水いれてバカ飲んでる。

 

 

 

 

むかつくむかつくむかつく

 

会社で厳しく言ってくるくせに酒の席では女性社員をコンパニオン要員にするおっさんも

 

セクハラしてくるクライアントも、

 

そんな奴らにヘラヘラする女の先輩方も

 

みんなみんなみんなむかつく

 

大切な人を喪って、死を悼む気持ちがあっても、その人のことを思っていても脳が別々に働いてそんな人間のことをくたばれと思うし、

私は私で祖母によく似たこの顔をもっともっといじりたいと思ってしまう。

 

真逆なのだ、何もかも。

行動と気持ちが。

今の場所から逃げられないことも全て

◾︎

ばあちゃんが死んだ。

享年85

ばあちゃんの人生はどうだったのかな。楽しかったかな。

19歳で嫁いで、嫁いだ先で死んで送り出される。

人の人生ってどんなに濃密だったとしても文章になると陳腐に見えてしまう。

見えてきた景色も感じてきた景色もその人にしか分からないし。

 

ざっくばらんで大胆で、細かいことは気にしない人だったって。それで美人だったって。

私はばあちゃんによく似ているって。目と額が。ごめんねちょっと修正しちゃったけど。

 

私の父親は高校卒業後すぐに上京した。

一浪して青学に入学。某宗教に一時期引っかかって留年。

そっからは一度も就職経験なし。

ずっとフリーター。バイト先の上野の某ホテルの娘とそのまま結婚して婿入り。

そっからはずっとホテルのオーナー(笑)みたいな感じで過ごしてきた。

 

父親は田舎に馴染めなくて次男坊だし、浪人も留年もしたし、宗教にも引っかかったし、大企業に勤めたわけでもない。自分はばあちゃんになんにも自慢できなかったなぁってぼやいている。

 

でもね、今日ばあちゃんの親友が来て言ってた。「青学でて上野で頑張ってる子供がいる」ってずっと聞いてたよって。自慢だって。

なんか、家族や親戚が語るよりも親友が話してくれることって何よりも信憑性があるよ。

誇れることだよ。

 

わたしは一年のうち2回くらいしかばあちゃんには会わなかったよね。

孫が来るたびに口紅をつけてお洒落して出迎えてくれていたばあちゃんが好きだよ。

今日、死化粧を施すとき、長男である叔父は「自然な感じで」とか言っていたけど本当はもっと濃い紅の方が似合うよ、ばあちゃんには。

ちょっと濃くしてくれって納棺師に頼んだけどやっぱり物足りなかった。

美人なんだから、私のおばあちゃんは。

 

明日は告別式だね。

式の場では15分でくらいで語り終えてしまうばあちゃんの人生は本当はもっともっと濃くて、3人の子供を育て上げて、孫もいて、友達もいて、、おしどり夫婦で、料理もうまくて、お化粧も大好きで、らっきょうの瓶にへそくりを貯めていて、

別れも生きることも苦しいな。

 

おやすみなさい。

 

黒井ひとみさん『聖裸月』感想

拝啓、セーラームーンになれなかった私へ

 

23歳になっても、23歳になった今だからこそ思うことがある。

 

「なんで私、セーラームーンになれなかったんだろう」って

 

新卒で会社に入らないと人生終わりだという周りに後押しされ社会人になってみたものの、いざなってみるとやりたいことも出来ず、社会人のマナーもよくわからず怒鳴られ時間拘束されセクハラも笑顔で受け入れ、、、

なんかもうこのまんま死んだ方がいいなと思ったりもして。

そんな中で思い出すのがセーラームーンに憧れていた頃なんだよね。

あの頃本気でなれると思ってたよ美少女戦士に。

もうこの歳になったらなれないこともわかってるけど本当はずっとずっと渇望していたんだ。

 

そんな中で黒井ひとみさんが夢を叶えてくれた。

タイトルは「聖裸月」

 

タイトルからして、ふざけてる演目なのかな?とか思ってたら全然違った。 

ひとみさんは本当に美少女戦士を体現してくれた。

いつも私は踊り子さんのことを美少女戦士に憧れたあの頃と同じ感覚で眺めていた。

憧れと恋慕と劣等感となりたいものになれなかった一抹の後悔と。そんなものを綯交ぜにした毒々しい感情で。

 

 

ひとみさんはステージの上でステッキを回し、裸になって、変身して、、

美少女が変身の合言葉を言い、ベールと光に包まれて体は白くて細くて無駄な肉もなくとても綺麗で

 

本当にそのまんまだった。

ベールは着物の帯で、光はスポットライト。

戦士はもちろんひとみさんで。

友達や運命の人を守る、

憧れた美少女戦士そのまんまだった。

 

私はこの演目を初めて観た時、恥ずかしいくらいに泣いてしまった。あーほんとに美少女戦士はいたんだってわかったから。

私は結局「美少女戦士なんているわけないじゃん笑」と自分の中で腑に落として逃げていただけなんだ。なんの努力もしないで。

容姿や才能や生まれた環境のせいばかりにしていた過去のツケが今に廻ってきている。だから私は新卒思想に苦しんでいるんだってわかってしまった。

 

ひとみさんは踊り子さんなのによく自虐で「自分なんて全然」みたいに言うけど、誰もが憧れる美少女戦士だよ。

性を魅せる舞台で、こんな鬱屈とした気持ちを抱えた人間の気持ちも救ってくれる。

 

ストリップ ダンサーは性もコンプレックスも劣等感も受け入れて、そんな重圧の中孤独なステージに立っている。

私は美少女戦士になれなかったから、彼女たちのことを恋慕と同じくらいの比重で羨ましいと思いながら眺めている。

 

聖裸月、大好きだ。

沢山の女の子に見てほしい。

美少女戦士は本当にいるよ、

 

 

ノーナレ「裸に泣く」を観て

10/2放送のノーナレ「裸に泣く」を観ました。

 

NHKでストリップ 、それを観て刺激を受ける女性たちのことを描くとはって感じ。

 

女性がステージの上に立ち、裸になり、踊る。

ストリップ とはただそれだけのことです。

でもそれだけでは済まされない。

 

だってそのステージの上に立っている女性たちはその人の思想や強さ、人生を全部舞台に投影しているから。

 

ストリップ を鑑賞している女性たちは踊り子さんへ自己投影だったり、コンプレックスの昇華だったり、性差別のない世界への憧れだったりを抱いている。なんともややこしい。

 

私はストリップ劇場 に通い始めてもうすぐ一年になる。

ずっと大好きな踊り子さんがいる。

その人が舞台に立ち続けているうちはずっと応援していたいとも思う。

 

番組では踊り子さんと女性ファンとの関係も描いていた。

踊り子さんはステージで踊っているときは皆んなとても気高くてどこか触れてはいけないものとしてみてしまう。圧倒的距離感があるのだ。

 

でもひとたび、舞台が終わり写真撮影の時になると少女めいた笑顔と砕けた喋り方をしてくれる。それが本来の姿だとは思ってない。

でも、その一瞬の交流と、限られた時間の中でびっしりと書いてくれた写真裏の言葉はファンにとってなによりもかけがえのないものだ。

踊り子さんからもらった言葉やステージで「明日も生きよう」と救われたことは何度もある。

そんな些細な交流をこの番組は描いてくれた。

最後にファンからもらった手紙を楽屋裏で読む踊り子さんにズームをあてて終わるところに、何となく番組の真意が見えた気がする。

私たちの踊り子さんへの「好き」は申し訳ないけど拗れている。

彼女たちに性への欲があるわけではないし、もしかしたら面白半分、ストリップ が好きな「私」という承認欲求の為の「好き」なのかもしれない。

そんな私たちの「好き」は十人十色だし、一言で言えるものでもない。

それを踊り子さんたちは受け入れてくれたような気がした。踊り子さんの感情なんて普段知る由もないから。

最後の手紙の部分、そこをフューチャーしてくれてありがとうございます。

踊り子さんのファンとしての自分への気持ちが昇華されたような気がします。

 

色々書いたけど、この番組を観てストリップ を見ている自分の気持ちを改めて知ることができた。

私が踊り子さんに抱く気持ちは、幼い頃に憧れた美少女戦士への気持ちと同じものなのだと。

いつかの美少女戦士は変身する時に裸になっていた。

幼い私はそれをいやらしいと思ったことは一度もない。

ただ綺麗だと思っていた。漠然と。

もう、私は美少女戦士に憧れる年でもないしなれないことは百も承知だ。

それでも一番最初に憧れた者の敬意はずっと根付いてる。

それを思い起こさせてくれたのがストリップ なのだ。

だから、私にとって踊り子さんはみんな美少女戦士です。

気高くて強くて、裸であっても臆することなく舞台に立つ。

美少女になれたら、私だって美少女戦士になりたかった。恋もしたいし、可愛い洋服も着たいし、沢山の人に愛されたい。

でも何よりも女を傷つける男に負けないくらいの強い女の子になりたかった。

そんな拗れた憧れを持ちながらこれからもストリップ 劇場に行くんだろうな。

 

◼︎

今日嬉しかったこと。

 

好きな人の使用済みタオルを拾ったこと。

先に仕事上がったのに「まだいる?」って連絡きて待っててくれて一杯だけ飲んで一緒に帰ったこと。

吸っているタバコの銘柄を把握したこと。ちなみにメビウス8。

「◯◯ちゃんが泣きそうな顔すると俺まで泣きたくなっちゃうんだよね」って言われたこと。

これはいい意味ではない気がするけど、好きな人にかけられる言葉って全部意味があるように思えてくる。

 

 

あーー、明るい気持ちで人のこと好きになれるの楽しいし、仕事でたくさん失敗してもこの人いるからまぁいいや!ってなっちゃう。